月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 飯島さんが一瞬だけ立花さんと付き合っていたのは、公然の秘密だ。いや、本人たちは隠してもいなかったので、秘密でもなんでもない。それはたった一月ほどのことで、多分そこで終われば人の記憶にも残らない様なものだった。それが微妙な気遣い案件になったのは、やはり立花さんの寿退職が発表されたからな訳で。

 別れてから新しい彼氏登場、そしてゴールインまでが早すぎた。なに一つ事情を知らない観客(ギャラリー)にしてみると、そこには色んなドラマが潜んでいると想像してしまう。そしてその想像の中、観客から見て一人不幸を背負っているのは飯島さんだった。

 今日の送別会も、飯島さん参加でどうなることかと参加メンバー全員でヒヤヒヤしていた。結局それはただの杞憂で、当の本人たちはあっさり始終和やかな雰囲気で、無事終了。それが最後の最後で、爆弾投下って……。

「あ、来た」

 周りの気も知らず、呑気な声で立花さんが教えてくれる。

「待たせたか?」
「ううん。ちょうど良いタイミングだよ」

 婚約者さん登場でより賑やかになるかと思いきや、一瞬この場がシンとした。

「なにあの美形」
「モデル? モデル?」

 なぜかみんなの声が囁きになる。

「婚約者の月宮(つきみや)です」

 そう紹介されても、そのあまりの迫力ある美形っぷりに、みんな遠巻きに眺めるばかりで話しかけられない。人は度を越したものに出会うと、まず及び腰になってしまうのだ。

 それでも立花さんが困ったように照れ笑いをすると空気が和み、一人が勇気を出して先陣を切り、そこから一気に囲み取材の様相となった。

「立花さん、こんな素敵な人とどこで知り合ったんです?」
「んー、花見帰りの公園で」
「海外に赴任されるんですよね。どんなお仕事されているんですか?」
「えーっと、システム系? 世の中を円滑にするために見守ります的な?」

 みんなの勢いに押されたのか、月宮さんは微笑むばかりで全部立花さんが答えている。そんな姿をぼうっと眺めていると、飯島さんが聞いてきた。

「行かなくて、いいの?」
「ええ? いや、いいです」
「いいの?」

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