月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 慌てて否定してしまい、飯島さんに不思議そうに見られてしまった。

「なんか眩しすぎちゃって……」
「眩しい……」

 飯島さんが繰り返すので、苦笑してうなずいた。なんだろう、とても美しい人が立っているのは分かるのだけれど、眩しすぎて詳細がよく掴めない。なんだか触れてはいけないものに触れてしまう感じ。こんな印象を人に持つなんて初めてだ。

 そのまま二人の姿を眺めていると、立花さんがこちらを見て、月宮さんに耳打ちを始めた。

「あ、来る」

 囲みを崩して、彼がこちらに来た。私と飯島さん、二人の前にスッと立ち、会釈する。

「初めまして。月宮といいます」
「は、初めまして! 佐藤です」
「飯島です」

 迫力に圧倒され、上擦った声で名乗ることしか出来ない。月宮さんはそんな私と飯島さんを見詰めると、柔らかい笑顔を見せた。

「お二人には朔がお世話になりました。挨拶が出来て嬉しいです」
「お世話。いえ、お世話になったのは私の方です」

 先輩、どんなガセ情報を婚約者に吹き込んだんですか⁈ と心の中で突っ込む。そんな私を見て、月宮さんはまたふわりと笑った。

「本当に、ありがとう」

 そして立花さんの元へ戻ってゆく。一瞬の出会いなのに、なんだかものすごい経験をしたかの様に感じてしまった。心臓がバクバクする。思考とは別の部分で、色んな感覚が情報を処理しきれずにアラートを発していた。

「……飯島さん、月宮さんの顔って見えました?」
「どういう意味?」
「私、無理でした。神々し過ぎて、見れなかった……」

 ほぼ独り言状態で呟きながら、私は幼い頃のことを思い出していた。私は、(うつつ)(まぼろし)の区別のつかない子供だった。形のあるものも無いものもごっちゃになっていつも見えていたのが、成長するにつれ次第に見えなくなっていった。あの感覚を思い出す。月宮さんの場合、あまりに輝かしくて眩しくて見えない感じだけれど、根本的なところは、多分一緒だ。

「あの人、何者?」

 そしてそんな人と普通に接して、恋愛している立花さんって?

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