月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 と、ここまで考えたところで、はっとした。存在感の圧に耐えかねて一人ベラベラと喋りすぎた。こんな超常現象っぽい発想とか発言とか、普通の人が聞いたら十分ドン引きする案件だ。なんで会社の、しかも業務が一緒になってまだ一週間の飯島さんに言っちゃったのか。迂闊すぎる。

「かぐや姫、かな? 姫じゃないけど」
「はい?」
「月宮だけに」
「は?」

 からかわれたのかと思ったけれど、声が真剣だ。私の馬鹿げた質問に飯島さんは真面目に答えようとしてくれていた。手を振って去ってゆくカップルを目で追いながら、二人して立ち尽くしている。主役が去って行ったことで、他のメンバーもなんとなく流れ解散となり、散って行った。

「……なんか分かったんだけど、俺、立花さんを見ていなかったんだな」

 飯島さんが自分自身に向けて言葉を発する。この瞬間、私の存在は置いてけぼりになったけれど、それはお互い様なので黙って聞いた。

「立花さんを見ていたつもりで、きっと月宮さんを見ていたんだ」

 いや、月宮さんとは今会ったばかりですよ。

 そんな突っ込みを入れるのは簡単だったけれど、私はなにも言えずにただ飯島さんを見つめた。私が人に言えない感覚があるのと同じように、飯島さんにもなにかがあるのかも知れない。例えば、立花さんを通して感じる月宮さんの存在感とか。

 でもここでこの話を続けるのは、というか、そもそもこんな話を知り合ったばかりの私たちがするのは、違う気がする。

「えっと……」

 そう考えてあえて言い淀むと、飯島さんは私の意図を察したらしく、ふっと息を吐いて肩を竦めた。

「ごめん。変なこと口走った。口直しにちょっと付き合ってくれる?」

 表情が、会社での飯島さんだ。ほっとした様な、でもなんか物足りない様な、なんだか落ち着かない気分になる。

「時間、大丈夫?」
「……大丈夫、です」

 うなずくと、飯島さんがにこりと笑う。

「では二人だけになってしまったけど、二次会行きますか」
「はい」

 もともと柔らかい印象の人だけれど、笑うといっそう親しみやすい雰囲気を醸す。お酒のせいだけでない、心が浮き立つような気持ちになって、私もつられて微笑み返した。

 とりあえず、今日は立花さんと月宮さんの門出を祝して、飲みましょう。



*********
この二人に関しては、また後日。別の作品にて。


< 53 / 57 >

この作品をシェア

pagetop