月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「だって美味しいんだもの。暗月も試してみてよ、ワインとチョコ」
「そうだな」

 笑ったままの暗月の髪の毛が私の肩にかかり、ん? と思ったら唇に柔らかい感触がした。ふわりと、月の館で嗅ぎ慣れた香の匂いがする。条件反射的に体の力が抜けると、彼の舌が入ってきた。

 舌と舌が擦り合わさる。丁寧に愛撫するように舌の形をなぞられて、絡められた。

「ん……」

 漏れた息が鼻にかかって、甘えた響きになる。暗月の舌が私の上顎をくすぐるように蠢くから、クスクス笑って押し留める。つい体が揺れて、手に持つカップの存在を思い出した。このままではこぼれてしまう。

 そんな私の考えを読んだように暗月がそっとカップを取り上げ、ベンチの上に置いた。自分の分はとっくに横に退けていたらしく、口付けを続けたまま私の頬をそっと両手で包み込む。

「頬が冷たい」

 唇が離れてそう言うと、頬と頬が重ねられた。暗月の温もり。気持ちもゆったりと溶けてゆく。

「ずっと外にいたものね」

 彼の首元に顔を埋め、おでこをぐりぐりと擦り付けた。

「私としてはこのまま朔を帰したくはないのだが」
「お持ち帰り?」

 きゅっと抱きついて上目遣いで聞き返すと、きょとんとした顔で聞き返された。

「お持ち帰り、とは?」

 おっと。世俗の言葉に馴染みは無かったか。でもまあいいかの精神で、そのまま話を続ける。

「いいよ。会社はもう有給消化で出社していないし、明日は何の予定も無いから」

 だから一緒にいよう?

 耳元でそう囁いて、今度は私から頬を擦り寄せた。暗月の腕が私の腰に回されて、抱きしめられる。

「では、お持ち帰りをするとしようか」
「もう覚えた!」

 二人で笑って、目が合って、口付けて。

 そして私は月の精にお持ち帰りされたのだった。



*********
これにてお終い。
お読みいただき、ありがとうございました!


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