月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「立花さん、イケる口だって聞いていたから、嬉しいなぁ」
「そうですか」

 ニコニコと嬉しそうに笑うから、私もつられてニコニコ笑う。酒飲むのに理由は要らない。この店は私も前から気になっていたので、誘ってもらってむしろラッキーだった。

「なににします? ワイン、結構いいの入ってるな」
「飯島さん、ワイン詳しいんですか?」
「詳しいって程では。でも好きなんで、家でも飲む用にワインセラー買ってしまって」
「ああそれ、絶対詳しい人ですよね!」

 と、ひとしきりワイン談義で盛り上がり、キリッと冷えた白ワインと白レバパテの黄金コンビを堪能する。秋になったとは言えまだ残暑厳しい季節に、会社帰りのこの一杯。ああ、口福。
 飯島さんはこうして気軽に誘ってくるだけあって、独身だった。お家にワインセラーのある、三十代前半独身一人暮らし。現代の貴族だわ。

「ってことは今が婚活最大のチャンスじゃ無いですか。飯島さん、見た目も素敵だし、入れ食い状態ですよね!」
「入れ食いって……。でも、いくらモテても、好きな人にモテなきゃ意味無いでしょう」
「確かに。どなたかいらっしゃらないんですか? 気になる人とか、好きな人とか」
「いるよ。目の前に」
「へ?」

 その瞬間、フォークから添え物のビーツがこぼれてぺしょっと落ちた。

「……こういう場面、ドラマとかでよく見ました」
「うん。僕もこんなドラマみたいな告白すると自分でも思わなかった」

 思わなかったのか。さすがだ、流れの魔術師。
 飯島さん的には、これをきっかけに少しずつ親しくなって、そこから告白という計画だったらしい。そうほんのり頬を染めて告げられた。きっと彼は、心の中に乙女がいるタイプだ。

「僕のことはよく知らないだろうから、先ずは飲み友達から始めませんか?」
「え、っと、……飲み友達なら、はい」

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