黒歴史小説 トリプルエッジ
7-2
モニタールームに激しいベルが鳴り響いた。
「んじゃ、ボクはここで……」
そう言ってペータンは去っていった。
「ところで、どこにその戦艦はあるんですか?」
「ここじゃよ」
「え?」
ニヤニヤ笑うハークの手には小さなボタンスイッチが握られていた。
ボタンを押すと、部屋全体が大きく揺れた。
「な、なんですか、この揺れ……」
「じゃから、このモニタールームが指令室なんじゃよ」
「ええ!」
「つまり、この地下の建物は戦艦の内部じゃ」
ハークは自慢げに、この戦艦について、説明してくれた。
全長232m総重量32,762tで、乗組員、六百人収容可能。
50cm砲三連装三基、30cm両用砲連装十基、他多数のミサイルが三十基。
半日で世界一周が出来るハーリー社開発の高速エンジン、ビートフラッシュを搭載……。
などなど、ハークはベラベラと話していたが、私にはさっぱり分からなかった。
とにかく、すごい戦艦ということは分かったけど。
「真帆、おぬしはちゃんと、シートベルトを締めろよ。人間の身体では耐えられんからな」
私は彼の言った事がよく理解できなかったけど、とにかく言われたとおり、指令室の椅子に座り、シートベルトを締めた。
ハークは指令席に座ると叫んだ。
「出撃準備、どうだ!?」
「乗組員、すべて確認……大丈夫です!」
ナビゲーターがたくさんのボタンを押しながら、叫ぶ。
「よしハッチ開け」
「了解! 第一ハッチから、第六ハッチ、全て開きます!」
「ビートフラッシュ、レベル9まで上がりました」
乗員がせわしくボタンを押しまくり、ピカピカと点滅モニターとにらめっこしている。
ナビゲーターがハークの方を振り返る。
「艦長! 全てオールグリーンです!」
ハークはこの時を待っていたと言わんばかりに、気合を入れて叫んだ。
「出撃!」
艦内が大きく揺れる。
「カウント、入ります……5・4・3・2……出ます!」
その直後に、ものすごい重力が私を襲った。
「きゃああああ!」
私は、自分の小さな胸が重力によって押し潰され、更にペチャンコになるのでは不安に思った。
「大丈夫じゃ! すぐにGはなくなる」
ハークは私と違って、涼しげな顔でいる。
やっぱり、魔族なんだな、と再認識した。
しばらくすると、彼の言った通り、苦しかった重力は消え去った。
ハークが「もう、席から立ってもいいぞ」と言ったので、恐る恐る立ってみた。
「はあ、びっくりした……。あの、ところでこの船はどこから、出るんです」
彼は自慢げに語る。
「うむ、この戦艦はワシらが非合法的に作った巨大地下水路を通って、東京湾を抜けたあとに、上空へと飛び立つのだ。どうだ、このスケール。圧巻の一言じゃろ」
ふと、艦内の窓を見た。
景色がピュー、と流れていく。
私は今まで、こんな乗り物を見たことがなかったし、乗ったこともない。
ハーク曰く「ワシらの技術はおぬしらの社会の技術と百年違う」だ。
私は彼にに「年頃の娘がそんな汚い格好ではいかん」と嘆かれ、新しい服を渡された。
考えてみれば、軍事施設で着ていたツナギのような服をずっと着ている。
指令室を出て、乗員室に入った。
ふと、鏡を見た。一年ぶりにみた自分はとても変だった。
髪は一年間もほったらかしだったので、ショートカットのはずが、肩まで伸びきっていた。
それに陽にあたらない施設の中で、ずっと眠っていたから肌も青白かった。
私は自分で鏡を見ていられず、直ぐに顔を洗った。
そして、そばに置いてあったハサミで髪を切った。
いつも、お母さんに髪を切ってもらっていた。
お母さんが死んでからは、自分で髪を切っていた。
別に、美容院に行くお金がなかったわけじゃない。
他人に自分の髪を切られると、お母さんとの思い出まで切られてしまいそうな気がしたからだ。
お母さんが死んでからは自分で切るようになった。
だから、髪を切るのはけっこう得意だ。
人の髪を切ってあげたこともある。
友達は、
「真帆って髪、切るのうまいよね。なんか、優しい切り方なんだよね」
と、言っていた。
そう言われて、なんだかお母さんのことを褒められた気がして嬉しかった。
「よし、いい感じ」
私は軍事施設で着せられたツナギを脱いだ。
今度は鏡で身体を確かめた。
一年前と変わらない、貧相な胸……。
肩を落とした。
私は二年前のことを思い出していた。