黒歴史小説 トリプルエッジ
第八章 黒王

8-1


 城は海の底から雲の上へと浮上した。

「移動要塞ってのも、伊達じゃねぇな」
 俺はそう呟いて、婦子羅姫の方を向いた。
「なあ、不安そうな顔だな」
「今度の事がうまくいけば、日本の妖怪も救われるのじゃ……不安にもなる」
 
 俺と婦子羅姫は城のてっぺんにある展望台にいた。
 ぼーっと展望台から見える空の景色を眺めていると、婦子羅姫が俺の肩に頭をのせた。

「お、おい……」
「しばらく、こうさせてくれ……。妾も恐いのじゃ。果たして、長年の悲願……叶えられるだろうか」
 彼女を安心させようと、笑顔で答える。

「へっ、深く考えすぎなんだよ」
「すごいな……そなたは」
「え?」
 婦子羅姫に視線を落とすと、彼女の濡れた赤い唇がか弱く開いた。

「強いのじゃ……そなたは……。妾にも、その強さを湧けておくれ……」
 その瞳にはわずかに涙があった。
 俺は気づいた。
 最初に、彼女を見た時、俺はアイツと似ていると思った。
 だが、一つ違うところがある。
 
 それは瞳だ。
 婦子羅姫の瞳は日本的な切れ長の目を持っている。
 それに、瞳の裏には悲しいものが見える。
 アイツはそうじゃない。
 確かに、悲しい生い立ちを持っていたのは事実だが、いつも大きな瞳を輝かせて、元気よく俺の名前を呼んでくれた。
 それが違うところか……。
 いや、全く違う人物だ。


「俺は……別に強くなんかない……」
 あれ、こんな台詞を、前に話したことがある。なんだろう……。

「お二人とも、ここに居られましたか」
 後ろから声が聞こえて、俺と婦子羅姫は慌てて離れた。
 振り返ると、そこにはミノがいた。
「じ、爺か……」
「ん? お邪魔でしたかな?」
「そ、そんなことねぇよ」
 俺は否定したが、ミノの目はギラギラと光っていた。
「そうですか……」
 ミノは怪しそうに、俺と婦子羅姫を交互に見つめる。
 顔を赤らめた婦子羅姫が言った。

「爺、それよりも、用はなんじゃ?」
「あ、申し訳ありません。もうしばらくで、仏蘭西でございます」
 フランス……そこに、魔族の城があるらしい。
 だが、それを奪って一体なんの意味があるんだ?

「ところでさ……その〝悪魔の蓄音機〟を奪ったら、日本の妖怪達が助かるって話……どういうことなんだ?」
 突然、二人の顔が曇った。
 しばらく、押し黙ったあとに、ミノが答えた。

「……それは自ずと分かるというもの……私がここで話せば、それは不粋となりましょう」
「ふ~ん……分かったよ。とにかく、俺はその城に行って一暴れすればいいんだろ」
 俺がそう言うと、二人の顔が明るくなった。
「ふぉふぉふぉ。さすがは黒王様」
「まったくじゃ、そなたは粋がいい。妾はそのような武人が好きじゃ」
 柄でもなく、照れてしまう。
「黒王様、突入の際、やはり武器や防具などが必要では?」
「そうだな……」
 武器……。
 そう言えば、ショーンはあの時、古ぼけた槍だけで戦っていたな……。


「ヤリ……何でもいい、槍をくれ」
「槍でございますか?」
「そう、槍。色はこの鎧みたいな黒にしてくれ。あと……顔がすっぽり隠れる鉄仮面もな」
「承知しました……では、早速、用意させていただきます」
 ミノは足早に去っていった。

「婦子羅姫」
「なんじゃ?」
「今回の作戦、俺に全部、任せてくれ」
 言われて、婦子羅姫は不思議な顔をした。

「別に構わんが……なぜじゃ?」
 俺は照れ隠しに頭をボリボリと掻いた。
「その……お前を死なせたくないんだ。俺がお前を守りたいんだ」
 婦子羅姫は優しく微笑んだ。
「嬉しいぞ。私の黒王」
 婦子羅姫はそっと、俺に近寄り、俺の首に両手を回すと、じっと見つめる。
「ちゃんと、守っておくれ」
 唇と唇が微かに重なった。
 
 優しいキスだった……。
 
 もうこの時は、憎しみとか、怒りとか、複雑な感情は全て消え失せていた。
 今、俺に見えるのは、この婦子羅姫だけだ。
 もう、ショーンも、アイツも、俺には見えない。

 俺は人間、遠丸 俊介(とおまる しゅんすけ)を捨て、黒王(こくおう)となった。
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