元勇者は彼女を寵愛する
 教会に着くと、同じ様に礼拝する人達が出入りしていた。その人達に混じって、私達も祭壇の前で祈りを捧げた。
 
 この世界に住む、全ての人々がありとあらゆる苦しみから解放され、平穏に暮らせますように……

「あと、私とヴァイスがいつまでも愛睦まじく暮らしていけますように」
「それは僕が約束するよ」
「はぁっ!!!」

 こんな時にまでつい本音が漏れていたわ!
 顔を上げると、ヴァイスはクスクスと笑いながらこちらを見ている。

「あ、あのね!ちゃんとこの世界の人達の平穏も祈ったわよ!?でもちょこっとだけ自分達の事もお願いしてもいいんじゃないかしら!?」
「大丈夫。ちゃんと分かっているよ。僕も同じことを祈っていたしね」
「え?そうなの?そうよね!よし、じゃあお祈りも終わったし、気を取り直してお買い物するぞぉ!!」

「お待ちください。勇者様」

 背後から聞こえたその声に、私の気持ちの熱は一気に氷点下まで下がってしまった。 

 え?
 今、『勇者』って言った?

 私は動揺を隠すように、なるベく自然を装って振り返った。そこには何かを期待するような笑みを浮かべた神父が立っていた。その目はやはりヴァイスしか見ていない。
 幸いだったのは、ここに私達しかいないこと。

「人違いでは?」

 ヴァイスはフードを深く被り、やんわりと神父に言った。

「いいえ。以前に貴方を見たことがあるので間違いありません。命を落としたのではという噂も流れていますが、本当は生きている事も極一部の情報網で知られています。まさかこんな所でお会いするとは。これも神のお導きなのかもしれません」

 神父は陶酔する様な笑みを浮かべ、神に感謝するかの様に両手を組んだ。
 ヴァイスが勇者として世界を旅した時に、何度この姿を見ただろう。
 こういう人達は、だいたい次のセリフが決まっている。

「勇者様、どうか私達を助けてください」

 ほらね。
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