元勇者は彼女を寵愛する
 ヴァイスが私を閉じ込めていた檻に触れると、檻は一瞬で塵と化して消えていった。

「リーチェ、怪我はしていないかい?」
「ええ……ありがとう、ヴァイス」

 いつも通りの優しい声に安心する。私は差し出されたヴァイスの手を掴んだ。
 次の瞬間、グイッと力強く引き寄せられ、今度は彼の腕の中に閉じ込められた。

「え!?ヴァイス!?」

 私を取り囲む強い力に息苦しささえ感じる。
 それでも、その力は少しも緩む気配はない。

「リーチェ、僕は君にも少し怒っているんだよ」
「え?」

 怒ってる?私、何か悪い事でもしたかしら?

「僕は君の正直な気持ちが知りたかった。それなのに、あんな風に僕の事を突き放すなんて」
「だって、ヴァイスは勇者だから。困ってる人を助けるのは当然のことでしょ?」
「君も知っているはずだ。僕はもう勇者じゃない。聖剣は折れてしまったのだから」

「はぁ!?聖剣が折れただァ!?」 

 淡々と話す勇者の言葉に、先程の男が驚愕の声をあげた。

 聖剣は魔王との激しい戦いの中で折れて消えてしまったらしい。
 それは私達と、皇帝を含める限られた人間しか知らない極秘情報だ。

 本来なら、魔王を倒した勇者は聖剣を元の場所へ戻さなければいけない。
 いつか新しい魔王が誕生した時、新たな勇者が現れるためにも。 
 それなのに、その聖剣は折れて消滅してしまった。

 つまり、もう()()()()()()()()()()()()()。という事だ。
 
 この事実は誰にも知られてはいけない。
 だってこの先、新たな魔王が現れたとしても、魔王を倒す勇者なんて現れない。
 そんな絶望的な事、知らないほうが良いに決まってるのだから。

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