元勇者は彼女を寵愛する
 彼の顔が近付き、その唇が私の唇を捕らえた。
 それは今まで幾度となく交わしてきた優しいキスとは全く違う。まるで一方的に唇を奪われる様に、更に口の中に侵入してきた彼の舌が、私の舌に絡みつく。

「……んっ」

 私の意志とは関係なく、自分の声とは思えない色のある声が口から漏れて、恥ずかしさで泣きそうになる。
 こんなキスは知らない。口腔内を支配され、息を吸うこともままならず、私の体から力が抜けても、彼の腕にしっかりと抱き留められていて逃れられない。
 周囲の視線を気にする余裕を与えられないほど、彼に激しく求められる感覚に私は身を委ねるしか無かった。

「ふぁ……っはぁ……」

 ようやく解放された私の唇からは吐息が漏れた。
 何も考えられず、ただ酸素を求めて呼吸が荒くなる私の姿を、ヴァイスが満足そうな笑みを浮かべて見つめている。

 なに?今の……正直……すごく良かった……

「良かった。君がこういうのも好きみたいで」

 え、何も言っていないのにバレてるじゃん?

 もしかして、ヴァイスは最初から私の気持ちなんて全部お見通しだったんじゃないの?
 私がどういう人間なのかも、本当は私が彼に何を求めていたのかも?
 ニコニコと私を見つめるその瞳が、なんだか全てを物語っている様にも見える。

「でもごめんね。もう少しだけ、君の優しい恋人で居させてほしいんだ。僕が我慢出来なくなってしまうからね」
「え?」
「おやすみ、リーチェ」

 その言葉を聞いた瞬間、私の意識はプツっと途切れた。
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