元勇者は彼女を寵愛する
 女の子は石像一つ一つによく分からない言葉を投げかけながら、順番に拝んでいった。
 その不思議な光景をしばらく見ていると、女の子と目が合った。
 びっくりした様に僕を二度、三度見したその子は、僕の近くまで駆け寄ってくると、さっきと同じ様に手を合わせた。

「こんな所にもイケメンが!!あら?珍しい髪色ね?いやでもイイ……いいわよ!!黒髪イケメン最高ね!!まだちょっと幼いけど十年後は化けるわよ!!」

 何を言っているんだろう。十年後って、君まだ十年も生きていないと思うんだけど。
 もしかしてこの子今、僕に話かけてる?

 だけど、人とまともに話をした事がない僕は、とっさに言葉が何も出てこなかった。

「……」
「……は!!!?ごめんなさい!!!あなたがあまりにもイケメンだったから、つい癖で拝んじゃったわ!!!」

 僕が……イケメン?ってなんだ?

「い……イケメンって、なに?」
「え?ふっふふふふ…イケメンっていうのはね、『とても言葉では()い表せないほど()算され尽くした美しい顔()』略してイケメン!!イケメンを前に語彙力が死んでしまうのはそのためよ!いい?イケメンはただカッコいいだけじゃなくて、ちゃんとイケメン比率っていうのがあってね?これは私と叔母さんが勝手に言ってるだけなんだけど、この比率が少しでもずれてしまうとイケメンではなくなってしまうわけで――」

 興奮気味に熱弁してくれているが、何を言っているのかはよく分からなかった。

 人は嫌いだ。あの僕を虫けらでも見るかの様に見下し嘲笑うあの目が。
 だけどこの子は違った。
 黒髪の僕に対して、何の偏見も持たずに話し掛けて来たのはこの子が初めてだった。
 僕の中を埋め尽くす闇に、少しだけ明かりが灯った様に感じた。

「黒髪イケメン君はこの街に住んでるの?」
「え……あ……うん」

 嘘だ。僕に住む場所なんて無かった。誰とも関りを持たず、色んな場所を転々としてきたから。

「そう!じゃあ明日も会える?私、おじさんの家に来てるんだけど、遊んでくれる子がいないのよね。だからこうして勇者様の石像を拝みに来てるの。せっかくだからもっとお話しましょうよ!イケメンについて、もっと詳しく教えてあげるわ!」

 正直、イケメンの事について知りたいとは思わなかった。
 だけど、この女の子の事はもっと知りたかった。もっと話をしてみたいと思った。

「うん。明日もまた来る」

 そう言った僕の胸は心地良い温もりに包まれた様な、なんだかくすぐったい様な、よく分からないけど初めての感覚だった。
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