元勇者は彼女を寵愛する
 次の日、朝早くから女の子は勇者の石像に手を合わせていた。
 僕の姿に気が付くとニッコリと笑いかけてくれて、嬉しそうに手を振ってくれた。
 その姿を見て、懐かしい気持ちが込み上げてきた。

 僕の母もそんな風に笑いかけてくれていた。
 忘れかけていた感覚を思い出し、少し泣きそうになった。

 それから女の子は、歴代勇者のここがイケメンという特徴を長々と熱弁し始めた。
 内容はよく分からなかったけど、表情豊かに話しかけてくる女の子を見ているのは楽しかったし、もっと見ていたかった。
 次の日も、僕達は勇者の石像の前で会って話をした。
 いつも女の子の話を聞くだけだった僕だけど、ずっと気になっていた事があった。

「き、君は僕の髪色が気にならないの?」

 ギュッと手を握り、勇気を絞り出して聞いた僕の声は震えていた。
 だけど女の子はなんでもない様に、特に表情を変えず口を開いた。

「え?ああ、髪色?ここの人ってホントくだらない事で差をつけたがるわよね。どんな髪色で生まれてくるかなんて、ただの運次第じゃない。それを何を勘違いしてんだか。自分が偉いみたいな態度で難癖つけてくるんだから、ほんと馬っ鹿みたい。」

 そう言う女の子の髪色も濃い藍色をしていた。
 もしかしたら、その髪色の事で何か言われた事があるのかもしれない。
 だけど僕と違って日の光を浴びて青く透き通るその髪は、青空に溶け込むようでとても綺麗だった。

「あなたのその黒髪、私は素敵だと思うわ!イケメンが良く映える。私はその髪色好きよ。」

 何の迷いもなくそう言う女の子の姿が眩しくて、嬉しくて、視界が歪んだ。

 だけど、僕の髪色は太陽に照らされても光を通さず真っ黒だ。
 歴代の勇者は皆、淡い銀色か金色の髪色をしていた。
 勇者から一番遠く、魔王に一番近い存在。
 君が目を輝かせながら好きだと言う勇者になんて、僕はなれない。

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