元勇者は彼女を寵愛する
 勇者になって二年が経った時。
 ついに僕は、ずっと探し続けていたあの時の女の子を見つけた。
 八年ぶりに見たリーチェはすっかり女性としての気品を兼ね備えていて、とても美しい令嬢になっていた。
 大人になった彼女の姿に、僕は暫く見惚れて動けなかった。
 高鳴る胸の鼓動を感じながら、なんて声をかけようかと、ドキドキしながら小一時間悩んでいた。

 だけど急に不安が襲ってきた。
 僕の姿はあの時の黒髪ではない。
 僕があの黒髪の少年だと知られたら、偽りの勇者だとリーチェにバレてしまうかもしれない。
 大人になった彼女が、黒髪の僕を受け入れてくれるかも分からない。

 リーチェに嫌われたくない。

 不安になった僕は、力を使って彼女の記憶から、僕と出会い、過ごした三日間の記憶を全て消した。
 その時、「忘れないでね」と言ってくれた彼女の言葉が頭を過ぎった。

 大丈夫。僕は君と過ごしたあの三日間を忘れはしない。君が忘れても、僕がずっと覚えているから――

 そして僕達は再び出会った。
 僕を見るなり、リーチェは目をキラキラと輝かせながら手を合わせた。

「も、もしかして勇者様!?なんてイケメンなの!!!イケメン黄金比率の極み!!神様、この奇跡をありがとうございます!!!」

 彼女は深々と拝むと、真っ青になって顔を上げた。

「…………ハッ!?ごめんなさい!!あまりにも感動してしまって…!!私ったら勇者様になんて事を…。えっと…イケメンって言うのはですねぇ――」

 そんな彼女の姿に僕は内心ホッとしていた。
 あの時と変わらない彼女の姿が嬉しくて、偽りのない笑顔を彼女に向けた。
 
「ふふっ…『とても言葉では言い表せないほど計算され尽くした美しい顔面』略してイケメンだよね?」
「え?ええ。だけどなんでそれを?私が勝手に言ってる言葉なのに?」
「なんでだろうね。それよりも君、良かったら僕と一緒に旅をしないかい?ちょうど旅のパートナーが欲しいと思ってたんだ」
「へ?なんで私?」
「嫌かい?それなら、残念だけど諦めるよ」

 僕は余裕を見せてみせたが、内心は気が気じゃなかった。
 再会してほんの少しだけ会話をしただけで、もうどうしても彼女の傍から離れたくなくなった。
 もしここで同意してくれないのなら、勇者としての使命を放り投げてでも、彼女が住むこの村を拠点にしようかと思う程に。

「嫌?イケメンと旅が?いや、いやいやいや嫌なはずが無い!!最高かよ!!行きます!行かせてください!!ていうか、もう勝手に付いて行きますね!!」

 そう目を輝かせながら承諾する彼女の姿を見て、僕はこれ以上にない程の幸福感に包まれた。

「僕の名前はヴァイス。これからよろしくね。リーチェ」
 
 リーチェはなんで名前を知られているんだろう?と不思議そうにしていた。だけど、返事は早かった。

「はい!こちらこそよろしくお願いします!イケメン様!!……じゃなくてヴァイス様!!」

 そう言って真っ赤な顔をする彼女が可愛くて、愛おしくて、抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。
 八年前には気付かなかった恋心は、自分が思うよりもずっと大きく成長していた。
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