元勇者は彼女を寵愛する
 食卓の上には料理が二人分、綺麗に並べられていた。焼きたてのパンの隣にはサラダとスープも付け合わせてある。
 こうして朝食が準備されているのは嬉しいのだけど、少し罪悪感もある。

「いつもごめんね。私が朝弱いから」
「謝る事なんてないよ。君が美味しそうに食べてくれる姿を想像しながら料理するのは楽しいからね」

 彼の優しい言葉と、うっとりする様な笑顔が私の心を救いあげてくれる。
 本当、私を甘やかす天才よね。

「さあ、冷めないうちに食べよう」
「うん、いただきまーす!」

 私はパンを手に取り、パクッとそのままかじりついた。鼻を抜けるようなバジルの香りと、パンの甘さが口の中に広がる。

「んん~~~~!!美味しい!!」

 このパンはヴァイスが小麦粉から作った物で、私達が育てたバジルが生地に練りこんである。私の大好物。焼きたて最高。はぁ、幸せ♡
 私達をこの島へ追いやった皇帝にも食べさせてあげたいくらいだわ。ああ、でもやっぱり勿体ないわ。やめよう。うん。
 ヴァイスとこの島で暮らし始めたのは三ヶ月前の事。

 この世界で随一の規模の大陸を支配下に置くマルダリアス帝国。
 その皇帝は魔王を倒したヴァイスに対して、「今後はこの世界の人間と関りを持たず、身を潜めて暮らす様に」と命じた。
 親切な事に、誰も住み着かない様な荒れた無人島まで用意して。

 ヴァイスからその話を聞いた私は当然、激しく憤った。 

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