つけない嘘
「山本課長!あの……このタイミングでお伝えするのがいいのかはわかりませんが」

「なんだ?」

中腰だった課長は、再びソファーのひじ掛けに手を置き座りなおす。

両手をぐっと握りしめたまま、山本さんの目を正面から見据えた。

「私、実は妊娠しています」

「え?」

課長もこれまでの話の流れで混乱したのか、きょとんとした表情で亮の方に顔を向けると「いやいや」と慌てて首を横に振り言った。

「もちろん、ご主人との間にということだね?」

「もちろんです」

「それはおめでたい話じゃないか!なぜそれを先に言ってくれなかったんだ」

課長の表情が一気に和らぎ、目を細めて私の肩をポンポンと叩く。

「まだ安定期前ですし、もう少ししたらお伝えしようと思っていましたが、このような間違った情報が課長の耳に入っている以上早めにお知らせすべきだと判断しました。今回小出くんが誘ってくれたのも、私の妊娠のお祝いを兼ねてでした」

横にいる亮の視線を痛いほど感じていた。

彼は一体どんな表情をしているのだろう。

握りしめた手は少し震えている。

「そうだったのか。それは二人に申し訳ないことをした。妊娠して幸せいっぱいの崎山さんに不倫だなんて……本当にすまない」

「いえ、誤解が解ければそれで十分です」

「育児休暇はもちろん取るんだろう?」

「今の職場は居心地もいいですしメンバーにも恵まれていますが、やはり子育てというのは初めての経験なので一旦退職させて頂こうと思っています」

「それは残念だな。まぁ、子育てが落ち着いて戻ってきたいと思ったらいつでも相談してくれ」

山本さんはそう言うと、先ほどのややこしい話を全て忘れてくれと言わんばかりに大きな声で笑った。

全て嘘。

こんな大きな嘘をついたのは生まれて初めてだ。

幼い頃から嘘だけはつかずに生きてきた自負があったのに。

だけど、これで疑いが晴れて、亮に影響が出ないならたやすいこと。

「部長にもそのことは報告しても大丈夫かい?」

「はい。また近いうちに退職届けを提出させて頂きます」

「そうかそうか、いやーよかった。昨晩、東条さんから君たちの画像を見せられた時はどうしようかと思ったよ、これで部長の疑いも晴れるだろう」

東条って、奈美恵?

「あ、しまった、口を滑らせたが東条さんのことは内緒にしておいてくれ。どうも彼女は小出くんと付き合ってるって?嫉妬心からの出来心だったんだろう。僕の顔に免じて許してやってくれ」

そうかもしれないとは思っていたけれど、やっぱり彼女が絡んでいたんだ。

「僕は東条さんとお付き合いはしていません。そこだけははっきり否定させていただきます」

亮がようやく口を開く。

山本さんは「お、そうか」と驚いた様子でとりあえず頷いた。

「いずれにせよ小出くんも隅におけないな。ロンドンではあまり遊びすぎるなよ」

課長は笑顔を向け立ち上がると、足早に応接室を後にした。






< 22 / 33 >

この作品をシェア

pagetop