つけない嘘
応接室の扉がバタンと閉まると同時に、ため息をつきながら彼がつぶやいた。

「妊娠してるってなんだよ」

「ごめん」

「本当の話なのか?」

私は正面を向いたまま頷いた。

「……そうか」

「ごめん」

「なんで謝るんだよ?おめでたい話じゃんか。言ってくれればよかったのに、あんなに酒飲んで大丈夫だったのかよ?」

「大丈夫、だと思う」

「だと思うって、しっかりしろよ。もうすぐ母親になるんだろ?」

亮の言葉が一つ一つ胸に刺さって痛い。

だって妊娠なんてしてないもの。

充とだって、仲良くしていないもの。

「会社、辞めるのか?」

亮は足を組み替え、私に顔を向ける。

「辞めようと思ってる」

「俺が帰ってきた時はもういないんだな」

「うん、そうだね」

本当は辞めるつもりなんてなかった。子供ができてから考えるつもりだった。

もう亮とも会えないかもしれない。

亮のためについた嘘なのに、こんなにも心が苦しい。

「それから、東条には今回のことも含めて再度きちんと話つけとく」

「奈美恵は亮のことがすごく好きなのね」

ある意味奈美恵がうらやましかった。純粋に好きな人に気持ちを向けられることが。

「それとこれとは関係ないよ。やっていいことと悪いことがある。しかもあいつは嘘つきだ。付き合ってもいないのに、山本課長にまで勝手なこと言いやがって」

嘘つき、か。

私だって、今まさに大噓つきだ。

何が本当で何が嘘なのかもわからなくなりそうだった。

「仕事に戻ろう」

居たたまれなくなった私は亮よりも先に立ち上がり、先に応接室を出た。



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