「会いたい」でいっぱいになったなら
心臓がどきどきする。
耳から鼓動が聞こえてくる。
大好きだった健から、こんな風に言われるなんて思ってもみなかった。

コウさんに出会う前だったなら、嬉しくて健の胸に飛び込んでいっただろう。



・・・けれど・・・・。


健と付き合いたいっていう気持ちはない。・・・もう、ない。

だって、私はコウさんと一緒にいたいから。
コウさんに抱きしめて欲しいと思っているから。


「ごめん、健。
私、ずっと健のこと好きだった。
でも、ごめんなさい」
目を伏せ、健から目を逸らす。

「それは、過去形ってこと?」

「うん。ごめん」
俯いているから顔は見えないけれど、健の視線を感じる。


「そうかー。やっぱり、言うのが遅かったのかな?」

少し笑ったかのように感じて、顔を上げると、健と目が合った。

悲しそうな瞳に、口元だけ口角を上げて笑んでいるようにしている。
その口元が、悲しげな健の気持ちを強調しているかのように伝わってきて苦しくなってくる。

「それは分からないけれど・・・過去に戻ることはできないから・・・。
それに、私はコウさんと出会ったから・・・。
戻りたいと思わない」

悲しげな眼を逸らさずに、見つめ返す。

「はあー。そうかー。
まあ、コウさんだもんなあ。
俺から見てもかっこいいもん」

健はぐしゃぐしゃと髪をかいた。


「うん。・・・あ、健もかっこいいよ」
「ははっ。慰めてくれてありがとう」

「本当に!だって、7年も健に片想いしてたんだよ。健もいい男だよ」
「7年も好きでいてくれたのか?」
「あー。まあ」

「驚いた」
「ふふっ。私はこんな話を健としてることに驚いてる」

緊張感が薄らいで少しほっとしてビールを飲む。

「美琴」
「ん?」
「ありがとな」

いつものように優しく微笑んでくれた。

「うん」
「幸せになれよ」
「うん」
私はできる限りの笑顔を向けた。




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