先生と生徒の関係は卒業まで
■第2章 恋し恋して嫉妬して
田中由美に脅迫……もといい、お願いされた次の日から、彼女は本当に僕の傍にいるようになった。

「宇佐先生~」

しかも嬉しそうに話しかけてくる。僕もまぁ、こんな可愛い子に話しかけられて、悪い気はしない。

だからなのか、ついうっかり口を滑らせて、僕の趣味を話してしまった。そしたらなんと彼女も、芥川龍之介の本が好きで、編みぐるみにも興味があるって言われた。

それからは、彼女はいつも僕のところにやってきては、その2つの話をする。僕は、そんな話が学校で出来るなんて思っていなかったから、学校に行くのが少しだけ楽しくなった。


けどなんでだろう?

僕の中で複雑な思いもあった。だって僕たちは、教師と生徒。

それに2人の会話はいつも田中由美がリードしている。
ちょっと大人として情けない気もしたけど、そもそも僕たちって、そういう関係でもないから、情けないとか思う必要もないはず。


ないはず、なんだけど……。

田中由美が僕に話しかけてくるようになって2週間が過ぎた。
そして今日は休みの日。

彼女は、学校にいる時だけ一緒にいる。
だから休みの日に、彼女から連絡が来ることはない。

平日は毎日、あんなに楽しく話をしているのに。


楽しく……?


ピンポーン

普段はあまり鳴らない家のインターフォンが鳴る。

なんだろう。
宅配便かな?

僕は、ぼさぼさの髪型のまま玄関を開ける。

「こんにちは、宇佐先生」
「田中さん!?」

そこにいたのは、私服姿の田中由美だ。

「え、ちょっと待って。なんで君がここに……!?」

僕は慌てた。
さすがに生徒が休みの日に独身の男性教師の部屋に来るのはまずいもの。

「だって……宇佐先生に編みぐるみの作り方を教えてほしかったんだもん」
「いや、それは休み時間にでも……あ、ちょっと待って。中に入って。こんなところ人に見られたらヤバいし……」

僕は慌てて、田中さんを部屋の中に入れた。
ただし、玄関に立たせたままで、部屋に上がらせたわけじゃない。

「ねぇ、宇佐先生? 部屋の中、結構ぐちゃぐちゃだよね。私が片付けてあげようか?」
「えっ、あっ! いや、ちょっと待って、見ないで」

というか僕、こんな姿で田中さんの前にいたのか。
これは恥ずかしすぎる。

えっと、えっと……そうだ。

「千円渡しておくから、これでこのアパートの近くにある『丸』っていう喫茶店で待ってて。僕も着替えたらすぐに行くから」
「私は宇佐先生の部屋でもいいんだけどなー」
「だめ! ほら、行った行った」

僕は部屋の中に入れた田中さんを、またすぐに外に出した。
彼女はブーブーと言っていたけど、それに対応している余裕はない。

もう僕は、いっぱいいっぱいなんだから。


僕はとにかく深呼吸をして、着替えてから喫茶店に向かった。



喫茶店に行くと、田中さんはすぐに僕に気づいて手を上げた。

「宇佐先生。こっちだよー」
「あっ」

僕は周りを気にしながら、田中さんが座っているところへ行く。

田中さんはどうして周りの目が気にならないんだろう。
僕はすごく気になっちゃうのに。

「ねぇねぇ、宇佐先生。編みぐるみの材料を持ってきたんだよ」

そう言って、田中さんはテーブルの上に材料を並べる。
彼女が本当に僕に編みぐるみを習おうとしていたことが分かった。

「ここでなら、教えてくれるんでしょ?」
「まぁ……」
「やったぁ!」

そう言って喜ぶ田中さんを見て、僕は改めて彼女の私服姿に目が行く。
私服姿の彼女は大人っぽくて、高校生には見えない。胸元も大きく開いていて、首元のネックレスがキラキラ光っていた。

高そうなネックレスだなぁ。


田中さんは、僕の視線に気づいてネックレスをギュッと握ってから、ため息をついた。

「どうしたの?」
「実は、加藤先生のストーカー行為がエスカレートしていて」
「え、そうだったの?」

学校で一緒にいる時も、そんな話をしなかったので驚いた。

「私の隠し撮りをしていて、それを世間にバラまくぞって脅してくるんです」
「そんなことが……。あ、だから、休みの日も僕のところに?」

僕が聞くと、田中さんは舌をペロッと出した。

「うん。今日は両親とも出かけていたから、1人で家にいるのが怖くて」
「なるほど。そういうことなら、初めから言ってくれればよかったのに」
「えへへ。やっぱり宇佐先生は優しいね」

田中さんは嬉しそうに微笑んだ。
そんな表情がもっと見たくて、僕は田中さんの身につけているものを褒めることにした。

「でも、田中さんの私服姿を始めてみたけど、そのネックレスは特に大人っぽいね」
「あ……これは、加藤先生からもらったんです」
「え」
「まだ友だちと一緒に加藤先生と会っていた頃に。私にだけプレゼントって言って。なんか怖かったんですけど、でもこのネックレスは綺麗だったから」

バンッ!

僕は気が付くと立ち上がっていた。

「宇佐先生……?」
「加藤先生のことを本気で嫌がっているなら、そんなもの身につけるんじゃない!」

僕は周りの目も気にせずに、大声でそう言っていた。
彼女が嫌だと言っている加藤先生からのプレゼントをつけているのが嫌だった。理由なんてわからない。考えたくない。考える余裕もない。ただただ、嫌だった。

「で、でも……」

田中さんは驚いた表情で僕を見ている。
僕がこんな風に大声を出すとは思わなかったのだろう。

そうだ。田中さんは、まだまだ子どもだ。どんなに大人びていても子どもなんだ。
だから僕が、しっかりしないと。
卒業したら加藤先生も諦めるだろうとか、そんなことを暢気に思っている場合じゃない。

僕はその場で加藤先生に電話をする。加藤先生は高校にいると言った。

「わかりました。今から高校に行きます」

僕はそう言って、田中さんを連れて高校へと向かった。
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