先生と生徒の関係は卒業まで
■第4章 卒業するものと卒業しないもの
今日はついに3年生の卒業式だ。
今日が最後の日だから何かあってはまずいと思い、加藤先生を見る。だが加藤先生は僕を見ると避けるし、とても大人しかった。
田中さんと連絡を取っていないからわからないけど、もう大丈夫だろう。
「宇佐先生~」
久しぶりに田中さんに声をかけられる。
何も期待なんてしていなかったのに、僕は声を聞いただけで勢いよく振り向いた。
そこにいたのは、田中さんと田中さんの友だちの2人だ。
「今までありがとうございました。これ私たち数名で書いた寄せ書きです。受け取ってください」
「寄せ書きを僕に……ありがとう」
僕がお礼を言うと、田中さんは少しだけ寂しそうに微笑んでからお辞儀をし、友だちと一緒に立ち去った。
その後姿が気になったけど、気持ちを切り替えて寄せ書きに目を落とす。
担任をしていないのに寄せ書きをもらうなんて初めてだなぁ。
そう思いながら、僕は職員室に戻ってから自分の席で寄せ書きを読んだ。
色んな子たちが、僕へのお礼の言葉を書いている。
「……え」
そして僕は、田中さんが書いた言葉を見て目を疑った。
だって、そこには――
『3年間ずっと好きでした』
って書いてあったから。
気が付くと僕は寄せ書きを持って、職員室を飛び出していた。
なんだよ、これ。
なんだよ、それ。
なんだよ、なんだよ。なんだよ。
何でこんなこと……じゃあ君が僕に話しかけてきたのは……!
僕はもう自分の気持ちを押し込めておくことができなくなった。
「田中さーん!」
僕は友だちと2人で歩いている田中さんの後姿を見つけて、大声で名前を呼ぶ。
「宇佐……先生」
田中さんは驚いた顔をしている。
田中さんの友だちは、田中さんの背中をポンと押すと、そのままどこかに行ってしまった。
僕たちは卒業式なのに、誰もいない裏庭で見つめ合う。
「これ、読んだ。どういうことなの」
「書いている通りです……」
「でも、僕と田中さんは、そんなに接点はなかったよね。授業はしていたけど」
「接点なんて、それで十分じゃないですか。担任じゃなくても、気になる先生だったんです。宇佐先生にしてみれば、たくさんいる生徒の中の一人だったと思いますけど……」
「いや、僕は……」
僕が本当に、あの図書館の前で声をかけられたときから気になっていたのかはわからない。
ただ、田中さんは誰よりも目立っていて、誰よりも人気者だと思っていたから……。
「寄せ書きを持って走ってきてくれたってことは、私期待していいんですか?」
田中さんが、前のように少しだけ意地悪な表情をする。
僕は、こういう主導権を取ろうとする田中さんも好きだ。
「待って、僕は臆病なんだ」
「知ってます」
「その……僕の、どこが良かったかを教えてくれないか」
「いいですよ」
田中さんはそう言って、ニッコリと微笑む。
「私が初めに気になったのは、ダメダメな国語教師というところです」
「え」
「今どきそんなにダサくて、他の生徒からもあまり相手にされていない若い先生って珍しいなって思って。だって宇佐先生って、まだ20代ですよね」
「うぅ……そうだけど」
田中さんの言葉がやや辛辣で、聞いていて辛くなる。
でも、田中さんが優しい表情をしているから、話の続きを聞くことにした。
「初めは、そういうところが気になったんです」
「それって、マイナスな意味で気になっていたってことだよね」
「……どうでしょう。でも、その後で宇佐先生のSNSのアカウントを見つけて……」
「えっ! 僕が書いているの読んだことあるの!?」
僕が慌てると、田中さんはまたにっこりと微笑んだ。
「宇佐先生って、自分の事を全然隠そうとしてないから、すぐにわかりましたよ。これ、宇佐先生のアカウントだって。でも、そこに書かれている思いは、熱くて、正義感もあって惹かれたんです。学校にいる宇佐先生と同一人物だと思えないような、もう一つの側面がある人なんだって思って」
「そうだったんだ……」
「だから私、宇佐先生に意識してほしくって。でもきっと宇佐先生のことだから、私が高校生のままだと女性としては見てくれないって思いました。でも、卒業したら接点がなくなってしまうし……どうしたらいいのかを、実は加藤先生に相談していたんです」
「加藤先生に!?」
僕はその言葉に驚くが、加藤先生はもともと明るいタイプの先生で、生徒から色々な相談を受けていることで評判だった。
だからきっと、田中さんも気軽に相談をしたのだろう。
「でも加藤先生に相談しているうちに、加藤先生から迫られるようになって……」
「田中さんは、自分が魅力的な女性だってことをもっと自覚した方が良いよ。無防備すぎるから、そんなことになるんだ」
「……魅力的な女性?」
「そうだよ。私服の時もあんな服を着て、独身の僕の部屋に来るし。僕が真面目じゃなかったら―――」
僕はそこまで行ってから、何を口走っているのかと気づいた。
だが慌てて口を閉じても、田中さんはニヤニヤしたまま僕に近づいてくる。
「ねぇ、宇佐先生。私はもう種明かしをしたんです。そろそろ宇佐先生の本音も直接聞きたいなー」
「~~~っ」
僕は口元を抑えて空を見上げた。
すると、まだ校舎に残っていた加藤先生が、僕たちをすごい形相で睨みつけていた。
彼はまだ田中さんのことを諦めきれていないのかもしれない。
それとも、普段はダサい僕に、田中さんを奪われたのが悔しいという可能性もある。
「はぁ……君といると苦労しそうだね」
「それは、私といることを諦めたってことですか」
「……僕はもう、田中さんの手を離したりしないよ」
「!! 嬉しい!」
そう言って、田中さんは僕に飛びついた。
「ちょ、ちょっと、ここはまだ学校だって」
「もう私は卒業したから関係ないもーん」
「僕は関係あるんだって~っ」
田中さんは高校を卒業したけど、2人の恋の入学式は始まったばかり。やがて僕らの恋は卒業することなく、結婚、子育てと続き、そして今も続いている。
今日はついに3年生の卒業式だ。
今日が最後の日だから何かあってはまずいと思い、加藤先生を見る。だが加藤先生は僕を見ると避けるし、とても大人しかった。
田中さんと連絡を取っていないからわからないけど、もう大丈夫だろう。
「宇佐先生~」
久しぶりに田中さんに声をかけられる。
何も期待なんてしていなかったのに、僕は声を聞いただけで勢いよく振り向いた。
そこにいたのは、田中さんと田中さんの友だちの2人だ。
「今までありがとうございました。これ私たち数名で書いた寄せ書きです。受け取ってください」
「寄せ書きを僕に……ありがとう」
僕がお礼を言うと、田中さんは少しだけ寂しそうに微笑んでからお辞儀をし、友だちと一緒に立ち去った。
その後姿が気になったけど、気持ちを切り替えて寄せ書きに目を落とす。
担任をしていないのに寄せ書きをもらうなんて初めてだなぁ。
そう思いながら、僕は職員室に戻ってから自分の席で寄せ書きを読んだ。
色んな子たちが、僕へのお礼の言葉を書いている。
「……え」
そして僕は、田中さんが書いた言葉を見て目を疑った。
だって、そこには――
『3年間ずっと好きでした』
って書いてあったから。
気が付くと僕は寄せ書きを持って、職員室を飛び出していた。
なんだよ、これ。
なんだよ、それ。
なんだよ、なんだよ。なんだよ。
何でこんなこと……じゃあ君が僕に話しかけてきたのは……!
僕はもう自分の気持ちを押し込めておくことができなくなった。
「田中さーん!」
僕は友だちと2人で歩いている田中さんの後姿を見つけて、大声で名前を呼ぶ。
「宇佐……先生」
田中さんは驚いた顔をしている。
田中さんの友だちは、田中さんの背中をポンと押すと、そのままどこかに行ってしまった。
僕たちは卒業式なのに、誰もいない裏庭で見つめ合う。
「これ、読んだ。どういうことなの」
「書いている通りです……」
「でも、僕と田中さんは、そんなに接点はなかったよね。授業はしていたけど」
「接点なんて、それで十分じゃないですか。担任じゃなくても、気になる先生だったんです。宇佐先生にしてみれば、たくさんいる生徒の中の一人だったと思いますけど……」
「いや、僕は……」
僕が本当に、あの図書館の前で声をかけられたときから気になっていたのかはわからない。
ただ、田中さんは誰よりも目立っていて、誰よりも人気者だと思っていたから……。
「寄せ書きを持って走ってきてくれたってことは、私期待していいんですか?」
田中さんが、前のように少しだけ意地悪な表情をする。
僕は、こういう主導権を取ろうとする田中さんも好きだ。
「待って、僕は臆病なんだ」
「知ってます」
「その……僕の、どこが良かったかを教えてくれないか」
「いいですよ」
田中さんはそう言って、ニッコリと微笑む。
「私が初めに気になったのは、ダメダメな国語教師というところです」
「え」
「今どきそんなにダサくて、他の生徒からもあまり相手にされていない若い先生って珍しいなって思って。だって宇佐先生って、まだ20代ですよね」
「うぅ……そうだけど」
田中さんの言葉がやや辛辣で、聞いていて辛くなる。
でも、田中さんが優しい表情をしているから、話の続きを聞くことにした。
「初めは、そういうところが気になったんです」
「それって、マイナスな意味で気になっていたってことだよね」
「……どうでしょう。でも、その後で宇佐先生のSNSのアカウントを見つけて……」
「えっ! 僕が書いているの読んだことあるの!?」
僕が慌てると、田中さんはまたにっこりと微笑んだ。
「宇佐先生って、自分の事を全然隠そうとしてないから、すぐにわかりましたよ。これ、宇佐先生のアカウントだって。でも、そこに書かれている思いは、熱くて、正義感もあって惹かれたんです。学校にいる宇佐先生と同一人物だと思えないような、もう一つの側面がある人なんだって思って」
「そうだったんだ……」
「だから私、宇佐先生に意識してほしくって。でもきっと宇佐先生のことだから、私が高校生のままだと女性としては見てくれないって思いました。でも、卒業したら接点がなくなってしまうし……どうしたらいいのかを、実は加藤先生に相談していたんです」
「加藤先生に!?」
僕はその言葉に驚くが、加藤先生はもともと明るいタイプの先生で、生徒から色々な相談を受けていることで評判だった。
だからきっと、田中さんも気軽に相談をしたのだろう。
「でも加藤先生に相談しているうちに、加藤先生から迫られるようになって……」
「田中さんは、自分が魅力的な女性だってことをもっと自覚した方が良いよ。無防備すぎるから、そんなことになるんだ」
「……魅力的な女性?」
「そうだよ。私服の時もあんな服を着て、独身の僕の部屋に来るし。僕が真面目じゃなかったら―――」
僕はそこまで行ってから、何を口走っているのかと気づいた。
だが慌てて口を閉じても、田中さんはニヤニヤしたまま僕に近づいてくる。
「ねぇ、宇佐先生。私はもう種明かしをしたんです。そろそろ宇佐先生の本音も直接聞きたいなー」
「~~~っ」
僕は口元を抑えて空を見上げた。
すると、まだ校舎に残っていた加藤先生が、僕たちをすごい形相で睨みつけていた。
彼はまだ田中さんのことを諦めきれていないのかもしれない。
それとも、普段はダサい僕に、田中さんを奪われたのが悔しいという可能性もある。
「はぁ……君といると苦労しそうだね」
「それは、私といることを諦めたってことですか」
「……僕はもう、田中さんの手を離したりしないよ」
「!! 嬉しい!」
そう言って、田中さんは僕に飛びついた。
「ちょ、ちょっと、ここはまだ学校だって」
「もう私は卒業したから関係ないもーん」
「僕は関係あるんだって~っ」
田中さんは高校を卒業したけど、2人の恋の入学式は始まったばかり。やがて僕らの恋は卒業することなく、結婚、子育てと続き、そして今も続いている。