極秘懐妊だったのに、一途なドクターの純愛から逃げられません
それから数分。
出てきたのは白衣を着た若い男性。

「すみません、お昼の配達ですよね?」
「ええ」
「じゃあ、受け取ります」
そう言ってランチの入った袋に手を伸ばす。

「センセー、支払いもしておいてください」
奥へと続くドアが開き、看護師さんが顔だけ出した。

「えっ」
どうやら出てきたのは使いの人だったようで、キョトンとした顔。

「ランチボックスとドリンクのセット8人前で、5600円になります」
「ああ、今お金を持ってきますので」
「はあ」

さすがに白衣のポケットにお金は入っていなかったらしく、診察室の方へ戻って行く男性医師。
よほど慌てていたのか診察室のドアは開け放たれたままで、中の声も聞こえてきた。


「小児科の先生がみえました」
看護師さんの声に続いて聞こえてきたのは
「お待たせしました。患者さんはどの子かな?」
優しそうな男性の声。

「ああ、こっちです。お願いします」
「こんにちわ僕、ちょっともしもしさせてね」

きっと患者は小さな子なんだろう。
だから「もしもしさせてね」なんて話しかけているんだ。
でもおかげで、子供の泣き声が聞こえてくることもなかった。

「うーん、ぜんそくの発作が出たみたいだね。血液検査とレントゲン、あと点滴の用意もしてください」
「「はい」」
てきぱきと指示を出す声。

「僕、もう少し頑張ろうね」
患者に向けた言葉は、いかにも小児科医って感じの穏やかな口調。

「太郎さんもあんな感じなのかなぁ」
私は独り言を口にしていた。
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