ある日、マンガ家が落ちていて
 あゆみの行動を見守っていた男性に、鍵を手渡した。立ち上がった男性は、長身だった。あゆみが顔を見あげる形になる。
「あ、ありがとうございます…あの、何て言ったらいいか…」
「探し物は一人より二人の方が。見つかってよかったです」
 あゆみがにっこりと笑う。つられたように男性も笑った。笑うとちょっと可愛いな、とあゆみは思った。
「では、私はこれで」
「ありがとうございます。これで安心して野宿ができます」
「え?」
 今、なんと?あゆみは怪訝な顔をした。
「ロッカーにリュックを入れていて。リュックを枕代わりにしないと頭が痛いんですよね。助かりました」
「ののの、野宿って!今、三月ですよ!まだ寒いじゃないですか!」
「はあ…でも、まあコートも着ているし…」
 確かに男性はあったかそうなダウンジャケットを着ている。ぱっと見ただけで高級品だとわかる品だ。
 お金持ち?じゃあ、なんでホテルに泊まらないの!
「あの、コート着てても外で寝るなんて無謀ですよ。ちゃんとホテルとったほうがいいと思います」
 赤の他人が言うのも、と気がひけたが、あゆみ自身寒がりなので、3月に野宿なんて震え上がってしまう。
 男性は、困った顔をして言った。
「ちょっとホテルには泊まれない事情がありまして…」
「え…でもそれならネットカフェとか…」
「僕の顔写真がもう出回ってると思います。ネカフェに行ったら、居所がバレてしまう…」
 え、何、居所って逃げてるってこと?やだ、犯罪者?私、ヤバイことに足をつっこんでる?!
 思わず、動揺してしまい、この場を立ち去った方がいい、と判断しようとした瞬間、男性が言った。
「鍵を拾ってもらった御礼がまだでしたね。あの、何か書くもの持ってませんか、紙とペン」
 動揺していたせいで冷静な判断ができず、あゆみは言われるまま、スケジュール帳とペンを差し出した。
「ありがとう」
 男性は、にっこり笑って受け取った。それから、スケジュール帳の後ろの方のページにさらさらと何か書き出した。
 物凄く書き方が早いのが、ペンを滑らせるスピードでわかる。
 字を書いてるんじゃない…じゃあ…絵を描いてる?
 男性の背が高いので、男性が何を描いているのかまでわからない。男性は、できた、と言って書くのをやめた。
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