淋しがりやの足跡
第1章
第1話
「大原さんは……、このままいくと、夏を迎えることは難しいかもしれません」
まだ寒さが厳しい2月のある日。
市民病院のどこかの部屋で。
まだ若い男性医師が、私達に言った。
「え……?」
私、大原時子は、隣に座る6つ年上で81歳の夫、史郎さんの顔を見た。
こんな時でも、いつものことながら年齢より若く見える。
(……夏を迎えることが難しいって、史郎さんが?)
本人は何も言わず、ひざに乗せていた私の左手に、そっと自分の右手を重なる。
大きくて、あたたかい史郎さんの手。
(史郎さんが、いなくなる?)
信じられない気持ちで、
「あのぅ、何かの間違いっていうことは……」
と言うと、男性医師は苦しそうな表情でうつむいた。
最初は、咳をすることが増えたわね、なんて話すくらいだった。
そのうち苦しそうな咳に変わって。
町医者に受診したら、大きな病院へ行きなさいって言われて。
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