王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
知られていたのだと思うと、心の中が温かくなった。
 何を焦っていたのだろう、檜山は晴恵を認識してくれている。それで十分ではないか。

 鯉屋の女将から持たされた包みを檜山がひょいと取り上げた。

「それ……っ」
「女将さんから持たされた、俺への差し入れだろうが」

 持ってなにが悪いとばかりの言いように、男の背中を見つめながら晴恵は微笑んでいた。
 好きだと、しみじみ思う。
 またしても叶いようのない片思いをはじめてしまった自分は惚れっぽいのかとも思う。
 想いを告げるつもりはない。檜山が靴を作る傍にこれからもいられればいい。

「なんか言ったか」

 不意に檜山が晴恵を振り返った。檜山がまじまじと見てきたので、花が綻んだような笑顔のまま晴恵は固まった。

「……なんでニコニコしてるんだ」

 男の掠れた声に、なんと言っていいか迷う。
『貴方に見惚れていました』とは絶対に言えない。どう答えれば誤魔化せるのだろう。

「え……と……、天気がいいから?」

 やっとのことで言葉を紡ぎだす。

「変な女」

 つぶやくと、檜山は歩き出した。
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