王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
 違う。
 靴を生み出す、彼の背中に腕に横顔に惹かれた。

 檜山がショックを受けた表情になるが、俯いていた晴恵は気づかない。
 ふふん、と上機嫌になった陽菜が晴恵の腕に抱きつく。

「檜山さん、妹が作業のお邪魔をして申し訳ありませんでした」

 俯いたまま、膝にぶつかるほど深く頭を下げた。

「陽菜、帰るわよ」

 檜山が自分をどう思っているのか。
 見下げ果てた顔をされているのかと思うと怖くて顔を上げられない。

「私、まだ檜山さんに言いたいことが」

 文句を言う妹を、晴恵はぐいぐいと工房の外に出した。

「お姉ちゃぁ〜ん……」

 陽菜が泣き声を立てても彼女の腕を引っ張る力を緩めない。

「痛いの。ごめん、ちょっと待って」

 辛そうな声に、ようやく晴恵は足を止めた。
 ひどく早足だったせいか、自身も心臓がドキドキしている。
 陽菜が足を引きずっているのを見て、後悔の念に駆られた。

「……タクシーを呼ぶわ」
「いいよ、もったいない」

 反対する声を無視して、タクシーを呼ぶアプリを立ち上げた。

「陽菜、迎えにきたよ」
「フリッツ!」

 あらわれた婚約者に妹は顔を輝かせた。
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