王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく

「アンタは妹の結婚式までここに泊まる」
 
 まじまじと見れば、檜山が晴恵を真剣に見ている。

「晴恵が足りない」

 彼ははっきりと告げた。
 嬉しい。
 どんな顔をしていいかわからない。

「毎日押しかけてきて、あんなに声高に存在を主張しておいて」

 そんなにうるさかったろうか。
 なるべく気配を殺していたのに。

「ぱったり来なくなって、仕事にならない。アンタはなんて性悪なんだ」

 忌々しそうに呟かれた。不安になって檜山の双眸を見れば、愉快そうな光が瞳に踊っている。

「別に、『押してもダメなら引いてみろ』をしたわけではなくて」

 ごにょごにょ言い訳すれば、鼻先をかじられた。

「ふがっ!」 

「ちょうどいい。妹を、あの猫っ可愛がり亭主に送らせがてら、アンタの荷物を持ってくるように伝えとけ」

「私、まだ泊まるって言ってないんですけど?」
 
 断るつもりもないくせに言ってみた。
 すると、檜山が立ち上がると晴恵を抱き寄せた。

「俺に抱かれたってことは……もう、あの亭主に未練はないんだろう?」

 男の、不安が滲むような双眸に晴恵は花が綻んだように笑いかけた。

「私ね。今は足音だけで私が来たって聞きつける、どこかの靴屋さんしか見えてないの」

 二人はキスを交わしながら、工房の二階にある檜山の寝室へと向かった。
< 51 / 70 >

この作品をシェア

pagetop