絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 凛々しい双眸だとか、少し目尻にかかる前髪とか、甘さを感じる口元だとか、ただそれだけでも、パーツごとに女性をドキドキさせる条件が揃いすぎている。
(なんか勝負を挑む前に敗北を味わっている気分。いいえ。これは条件反射的なもの! だって、憎たらしいくらい見た目はいいんだもの)
 美澄は心の中で言い訳を連ねる。
 しかし彼に美澄を口説こうという素振りはない。こちらの考えを見透かしたらしい彼は、小さくため息をついた。 
「俺も別に、最初から本気で結婚を考えていたわけじゃない」
「じゃあ、あなたはなんのためにお見合いの件、承諾したんですか? そういえば、八重さんから、理想の条件があるようなこと聞きましたけど」
「それは、色々聞かれたから適当に答えただけだ。大人の付き合いだよ。君だって断れなかった口だろう」
 まさに美澄が経験したことだけに、その光景が目に浮かぶようだった。
「それは……」
 美澄はその先の言葉を見失い、口を噤んだ。
 たしかにそうだ。あわよくば永久就職をちらつかせられたことは黙っておこう。打算がまったくなかったわけではないのだから。
 よくよく考えれば、これって運命の再会というやつでは? 能天気なアイデアがむくりと浮かんできて、美澄は頭を振った。
(とんでもない! 見た目がいくらいいからって、あんな冷たいこと言う人だもの。価値観は絶対に合わないわ)
「君は保育士だろう。しいて挙げれば、子ども好きの方がいいと言ったから選ばれただけだ」
 つまりは……おまえじゃなくてもいいということだ、と釘を刺されたらしい。
 傾きかけた天秤がものすごい勢いで戻ってきた。めらめらと胸の奥が熱くなる。
 やっぱり彼とはこれっきりということで!
 今すぐ立ち上がりたい気持ちを振り払い、美澄はフォークとナイフを握り直した。ここまできたら開き直るしかない。
「もういいです。お腹空いたので」
 黙々と食べ始めた美澄を尻目に、彼も食事を進めることにしたらしい。しばらく遠くの方に聞こえるピアノの音色を聴きながら、フルコースを味わうことに徹した。
 彼は時折時計を気にする。スマホは必ず見えるところに置いておく。いつでも呼び出されたらいけるようにしているのかもしれない。
「――はぁ。お腹いっぱい。美味しかったぁ」
「ものすごい勢いで食べてたな」
 少し小馬鹿にしたように彼が言う。
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