絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 テンションの高い彼女の声がキンキンに響いてきて、耳がちょっと痛い。
「あの、八重さん……」
『彼、美澄ちゃんより八つ離れてたかしらね。もしかしたら、ちょっと口の悪いところもあるけれど、それはご愛敬というか。年ごろの女性は、俺様な王様にキュンとするじゃない?』
 電話の向こうの彼女はすっかり盛り上がっているらしく、全く口を挟む余地がない。
 こちらとの温度差がとにかくすごい。
 美澄は、大縄跳びの飛ぶタイミングを見計らうかのようにやり過ごしたあと、やっと声を出せた。
「あーあの! 八重さん、せっかくだけれど、今とてもそんな気分じゃないし、それに、好み以前に、そんなハイスペックの凄い人、私……不相応じゃないかな」
 角が立たないようにやんわりとお断りをする。これぞ社会人としての処世術。さすれば道は開かれん――相手は空気を読んで頷いてくれるというもの。
 だが、考えが甘かったようだ。世の中には通用しない相手ももちろんいるのだ。
『何を言ってるの。そんなことないわよ。美澄ちゃんはとっても可愛いんだし、料理だって上手だし、不摂生気味のお医者様にとってありがたいわよ。その上、子どもが好きで保育士さんやっているんだもの。そのあたり、理想の条件にばっちりよ』
 ……と八重のように、持論を信じて疑わない人。
 そういう人種の熱烈な説得に美澄は弱いのだった。
「その保育士なんですけれど、一週間前に、勤め先の保育園が潰れちゃったんです。お見合い相手よりも、私、次の就職先を探さないと……」
 そう、保育士っていっても、ただ資格を持っているだけで、今は無職の状態だ。
 子どもは好きだけど、夢だけで暮らしていけるほど現実は甘くはないのだ。
 保育園が潰れ、再就職を考えたときに、美澄は改めて貯金通帳を眺めた。安月給のまま日々追われていくだけでいいのか躊躇していたところなのである。
 アパートの家賃、光熱費、食費、通信費、その他の生活費に奨学金の返済……手取りウン十万円では生活するのがやっとで、貯金はおろか好きなものだってなかなか買えやしない。
 保育士を続けるにしても別の職に就くにしても、今は、恋にうつつを抜かしている場合ではない。とりあえず再就職するまでの間いくらか公的な保障があるとはいえ、将来のことを考えれば、のんびりしている猶予はないのだ。
 それこそ、結婚なんていつになるか――。
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