絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
『あら。だったら、この際、永久就職だっていいじゃない。自分の子どもを育てるいい機会にもなるわ』
 八重はからっと笑う。美澄は唖然としてしまった。
 永久就職だなんて、バブル世代の人でもめったに口にしなくなった、今の時代にそぐわない言葉ではないだろうか。
「そんな都合のいい話が――」
『あ、ごめんなさい。来客だわ。詳しい話はまた近々、ね』
 一方的に通話は切られ、美澄はため息をつく。
(もう、八重さんってば。強引なんだから……)
 八重との関係はだいぶ昔にさかのぼる。幼い頃に両親を亡くした美澄は高校卒業まで父方の叔母・冴子の家に暮らしていたのだが、しょっちゅう遊びにきていた八重と美澄は何かと気が合ったのだった。
 冴子が第二の母なら、八重は年の離れた姉といえる人かもしれない――年齢を尋ねるとはぐらかされるので年齢不詳の美人ということにしている――彼女は短大で寮母をしていて、美澄がその短大の教育学部に合格した際にはとても喜んでくれたものだ。
 今でも付き合いは続いていて、叔母を通さなくてもたまに仲良くふたりで出かけたりすることもある。八重が何かと気にかけてくれるのは大変有難いのだけれど……。
「結婚か……」
 今年で二十五歳。結婚適齢期ではあるけれど、急がないといけない年齢でもない。とはいえ、職場はなくなったし、そもそも子どもたちの相手に明け暮れ、出逢いの場はほとんどない。
 子どもたちのお世話は大変だ。正直、割に合わない仕事だと思う。けれど、それ以上に子どもたちから学ぶことや癒されることも多く、美澄は子どもたちの笑顔と彼らの成長していく姿を生き甲斐に、保育士としてがんばってきた。
(ただ、将来のことを考えると、別の職業を選んだ方がいいのかな……なんて思うんだよね)
 頭の中で何度もゆらゆら傾きかける天秤は、まだまだ落ち着きそうにはない。
 やがて、美澄は考えることを放棄する。
 やめた。久しぶりに何もない週末の金曜日なんだし、少しくらい怠惰な休暇を味わったっていいだろう。
 そうと決まれば、彼女の行動は早い。さっそく美澄はおやつに食べようと思っていたコンビニスイーツを冷蔵庫から取り出し、いそいそと食器棚からお皿とフォークを用意する。
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