絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 相手が待っているのに失礼になってしまうだろう。まして八重の名前で予約をとっているのなら、彼女の顔に泥を塗ることになりかねない。
「あぁ、もう! なんでこんなことに……!」
 電話で話をしたときに、今は結婚する気なんてないし、なんなら嘘をついてでも好きな人がいるとか、ちゃんと釘を刺しておけばよかった!
 美澄は途方に暮れたあとで、仕方なく時刻までに身支度を整え、出かけることにしたのだった。

     ***

(……ていうか、最初からふたりで会うとか、いきなりハードル高すぎない!?)
 アパートを出たあと、悶々としていた美澄は、心の中で叫んだ。
 お見合いというより、これでは、婚活マッチングアプリで出逢った人との初デートみたいではないだろうか。
 気乗りがしない。だるい。けれど、人と会うのに失礼があったらいけないし。
 美澄は渋々ため息をつき、コンパクトミラーをかざして髪を指先で整え、ショーウィンドウに映る自分の姿を見直した。
 いつもは結んでいる髪をおろして、ヘアアイロンでゆるく巻いた。
 淡いペールカラーのワンピースに桜色のボレロを羽織り、春先はまだ肌寒いので、その上からトレンチコートを着ている。足元は逆にビビッドなボルドー色のパンプスを合わせた。手持ちの少ない服を引っ張り出し、ファッション雑誌を丸っと真似した格好だった。
 普段パンツやスニーカーばかりだから、脚元がすうすう肌寒くて落ち着かない。ストッキングは破れていないだろうか。気を遣うことが多くありすぎる。
 しかしこうしてお洒落をしてみると、気持ちが上がるのも事実で。
(変じゃないよね……?)
 仕方なく出てきたとはいえ、ドキドキしないわけがない。緊張半分、好奇心半分といったところだろうか。
 お洒落で美人の八重がいうのだ、彼女の審美眼を信じれば、彼は絶世の美男子(とまでは言ってないかもしれないけど)に違いない。
 もしも自分好みのやさしくて素敵な人だったら、年収&職業なんて気にせず、プロポーズに頷いてしまうかもしれない。
 永久就職……という言葉が脳裏を掠めつつある中、案外それも悪くないかもと、勝手な妄想を浮べてにやけそうになる表情をハッとして引き締め、美澄はレストランの中へと入っていく。
「真下と申します。英八重の名前で予約してあると思うのですが」
「真下美澄様ですね?」
「はい」
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