絶対に愛さないと決めた俺様外科医の子を授かりました
 あわや自転車が接触するという、間一髪のところだった。自転車からかばうように園児を抱き込んだ直後、背中にどんっという衝撃を受けた。美澄は突き飛ばされるように街路樹へと投げ出された。その直後、激しい痛みに見舞われ、美澄は呻く。悲鳴やざわめきが遠くに聞こえた。
 自転車の主はハッと息を呑んだ声を漏らしたものの、怖くなったのか、そのまま自転車に乗り直し、遠ざかっていってしまったようだ。
 通行人が大丈夫ですかと声をかけてくる。しかし美澄は声を出せない。息をしようとすると痛みが走るのだ。背中や腕の感覚がなく、額からは血が流れていた。脇腹にじわじわと鈍痛が広がっていく。見れば、街路樹の木の枝がめり込むように刺さっていた。
 朦朧とする中、美澄は慌てて園児の状況を確かめた。園児は泣いていたが、幸い怪我はなかった。
 良かった……安心した途端、力が入らなくなった。すぐに起き上がれなかった美澄を心配し、通行人がざわつく。慌ててやってきたらしい園児の母親がすぐに救急車を呼んでくれた。
 その後、美澄は東雲総合病院の救急外来に運ばれた。頭は打っていなかったようで額は切れただけだったが、念のため検査をすることになった。腹部の傷の方がずっと具合が悪かった。大量出血しないように樹の枝が刺さったまま運ばれ、その日に緊急手術となり、美澄はしばらく入院となった。
 そのとき当直で対応したのが、口の悪い外科医――目の前の彼だったのだ。
 手術が終わってベッドに運ばれたあと、
『先生、あの子の容態はどうでしょうか?』
『あの子なら、かすり傷程度で済んだ。心配は要らない』
『そうですか。よかった』
 ほっとして、美澄は御礼を告げようとしたのだが、医師の言葉に遮られる。
『なぜ、こんな無茶をした』
『あのときは必死で……あのままじゃあの子がひかれてしまうと思ったら体が勝手に……』 
 医師は園児の母親から事情を聴いたらしい。満身創痍状態の美澄がなぜか激しく説教される始末。
『君が怪我をしたことは、正義のヒーローの勲章じゃない』
『私はそんなつもりじゃ!』
『中途半端な正義感で、自分の身ひとつを守れないやつに誰かを助ける資格なんかないんだ』
『そんな言い方! そうですか。手術してくださってありがとうございました! 一日でも早く退院して出て行きます!』
『その程度ならすぐに治るから大丈夫だろう』
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