ライム〜あの日の先へ
ーーあ、ほら、危ないよ。

不意に、彼の声が頭の中で再生される。

あのときはガムだった。
歩道に吐き捨てられていたガムを踏む直前に、鈴子の腕を掴んで自分の方に抱き寄せてくれた。おかげで靴を汚さずに済んだ。
しかも、そのまま体を寄せて歩いてくれた。

あの包まれるような温もりに、幼い頃の『好き』とは異質の、胸の奥がざわつくような『好き』を感じた。

思えば、兄のように慕っていた彼を一人の男性として恋心を抱いていると気づいたのは、あの時からだ。

birdlime(バードライム)という言葉を教えてもらったのもあの時だ。
それは鳥などを捕まえるための粘着物のこと。一度足を取られれば、逃れることはできない。もがくほどに体中絡み取られ、長時間にわたり苦しみ、じわじわと死に至る。残酷な方法だ。
捕らえられた動物を思い、恐怖を感じたことも昨日のことのように思い出される。


だが、今、彼はいない。

鈴子の胸が締め付けられるように痛む。

これからも、きっと些細なことで彼を思い出してしまうだろう。
鈴子の心は、彼に囚われたまま。もがいても抗っても逃れられない。きっと、死ぬまで彼のことは忘れないし、愛し続ける。
彼との思い出は、鈴子にとってのバードライムなのかもしれない。


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