ライム〜あの日の先へ
「ねぇ鈴子ちゃん。うち、パパとママとおじいちゃんおばあちゃんまで見に来てるの。私にすっごく期待しててさ。
だから、お願い、勝たせて」


競技への移動中、隣のクラスの女の子がわざわざ鈴子に声かけてきた。
次の50メートル走で一緒に走る女の子で村田日菜(むらた ひな)という名前だ。2つに結んだ髪の毛先を可愛らしくカールさせて、大きなビーズのついた髪飾りをつけ、運動会だというのにおしゃれにしている。


「それって、ズルしろってこと?やだよ」
「鈴子ちゃんはお父さんもお母さんもいないんだから、いいじゃない」


思いもしなかった八百長の申し出に、鈴子はあぜんとした。
親が来ないことを気にしていないとでも思っているのだろうか。


「ズルして勝って褒められてうれしいの?」
「鈴子ちゃん速いんだもん。練習のとき毎回一番でさ。でも、一番になっても誰も見てないじゃん。意味ないでしょ」
「誰かのために走るわけじゃないし。ズルはよくない。一生懸命走るよ」
「鈴子ちゃんって、すっごいイジワルなんだね!ママが言ってる通りだ」
「え?」
「鈴子ちゃんはヒトゴロシの子だから、付き合っちゃダメって」

人殺しの子。
それは、間違っている。 
母は自殺だった。刺された父も生きている。

人々の好奇心で尾ヒレがつき、事実は湾曲されて脚色されていく。

日菜は口を尖らせ、ひどく怒った顔で鈴子を睨んでいる。
だが、鈴子は意に介せず知らんぷりをする。反論したりすれば、事態は悪化することを知っているから。




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