ライム〜あの日の先へ
ライムの果実
母は、父が帰ってくるとわかっている日は丸くて鮮やかな緑色のライムの果実を用意していた。父はライムの濃縮果汁より生のライムが好きだからだ。
あの日も、ダイニングテーブルの上のライムの果実を見て父が帰ってくると知った。
父が帰ってくるなり目の前で繰り広げられた凶行は、一成の中でほぼ白と黒のモノクロの記憶として残っている。
父は血溜まりの中で倒れ、母はそこに折り重なるようにして倒れた。
父の低いうめき声と鈴子の泣き声が響く部屋で、一成は呆然と立っていた。
父が折り重なった母の体の下から這いずり出ようとテーブルの足をつかむ。
するとライムがテーブルから転げ落ち、わけも分からず泣いていた鈴子の足元に転がった。
それを拾った鈴子は泣くのをやめて一成のもとへよちよち歩きでやってくる。
「おにい」
無邪気に拾ったライムを一成に見せて、笑顔を見せる鈴子。
その瞬間、鈴子だけが色を取り戻して見えた。
ーーとにかく、鈴子を守らなくては。
何をすべきかわからなかった一成が明確に見つけた使命。
鈴子の笑顔はあの頃と変わらない。一成の守るべき全てだ。