ライム〜あの日の先へ
だが。
母に私立の慶長大学に進学したいと懇願したときに、全てが変わった。


あの日、零次は大きなお屋敷に連れてこられた。

あのときの驚きは今でも忘れない。
伝統的な日本家屋。くぐった立派な門とその前の高級外車が何台も並ぶ駐車場だけで零次の住んでいるアパートがすっぽりと入ってしまいそうだ。
鯉の泳ぐ池に、大きな庭木がよく手入れされた庭。まるで城かと思うほど立派な日本家屋。

そこは五嶋の屋敷だった。
日本の五大総合商社の一つに数えられる五嶋商事。その創業者一族が代々暮らす大きな屋敷だった。

「ここには、来ないつもりでした。社長にご迷惑をおかけしないように、親子二人でひっそりと暮らしていくつもりでしたから」

目の前でつまらなそうに座るでっぷりと太ったたぬき面の男に、母が涙ながらに訴えた。
こんなしおらしい母の姿を見たのは初めてで、零次はポカンとしてしまう。

「でも…この子、社長に似てとても勉強ができるのです。塾に行かせることもできないのに……この子の才能をなんとか伸ばしてやりたくて、恥をしのんでお願いにあがりました」

母が差し出した零次の大学合格証書。たぬき面の男の眉がピクリと動いた。

「いくら欲しい」

「贅沢は申しません。……社長、どうか、お願いいたします」

「わかった。
零次、しっかり勉強しなさい。優秀なら五嶋商事で使ってやるぞ」


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