ライム〜あの日の先へ
彼は家まで送ってくれたが、差した傘のぶん、距離感を保ちながらろくに口もきかなかった。

耳に届くのは雨音と時折通り過ぎる車の音だけ。

ーー送ってくれなくていいのに。早く別れてあったかい家でぬくぬくしたい。今日は金曜日。零次くんも夕飯食べに来る日だからって、おにいが寄せ鍋を用意するって言ってたっけ。早くあったまりたい。

冷たい雨が体の熱を奪い、寒くて仕方がなかった。


この角を曲がれば家だ。鈴子は、さっさと別れようと足を止めた。

「送ってくれてありがとう。じゃあね」

彼の顔を見ることもなく、立ち去ろうとした。
だが彼は鈴子の腕を取り自分の方へ引き寄せた。
思いもかけないほどの力に足元がよろけ、彼の胸の中に飛び込む形になってしまう。

「ヤダ!」

抱きしめられ、顔を寄せられ、鈴子は抵抗した。

「なんで?付き合ってるんだよ?キスしよ」
「今日のデートでわからなかった?私たち、合わないわ。全然楽しくなかったじゃない」
「それは雨のせいだろ」

鈴子は懸命に体をよじり、彼の束縛から逃れる。
その勢いでよろけて足をひねってしまった。激痛が走り、思わず顔を歪める。

その表情が自分に向けられた嫌悪からくるものだと、彼は感じたらしい。

「※※@#…!!」

日本人を軽蔑するスラングを叫んで、彼は鈴子に手を上げた。


……殴られる!


家はすぐそこだ。逃げなきゃと思うのに、鈴子は恐怖で足がすくんでしまう。ギュッと目をつむって来たるべき痛みに耐えようととっさに体を丸めた。


だが。手はとんでこなかった。


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