ライム〜あの日の先へ
「零次くんだって、五嶋の御曹司でしょ?一条と張り合えるじゃない」

「俺は琴羽とは違い、生まれながらの御曹司じゃない」

「それでも、今は五嶋の御曹司だよ。高校時代から比べたら、ぜんぜん違う。
仕事にも一生懸命だし、かっこいいし、御曹司にしか見えない」

自分を卑下する零次にややムキになって鈴子は言った。
零次が一途に憧れる、一条琴羽という女性がうらやましかった。零次が彼女の名前を唇に乗せるたび、切なそうな表情を浮かべるのも、イライラしてしまう。胸の中がもやもやしてしまう。

「鈴子、零次のプライベートなことだ。そのへんにしておけ」
「……そうだね。ごめん、零次くん」

一成が鈴子をたしなめると、鈴子は素直に零次に謝った。

「応援してくれてありがとな、鈴子ちゃん。今の俺じゃまだまだなんだ。頑張るよ」

もやもやした心も、大好きな人の目が自分を写していないことも、全てが鈴子の思いを粉々に砕いた。

ーー零次くんは一条のご令嬢が好き。わたしは妹くらいにしかなれない。

彼の気持ちを知って、鈴子は育っていた恋心を抑え込む。
いつもそばで助けてくれたお兄ちゃんのような存在のまま、ただ、それだけの関係で満足。

だって、彼は五嶋商事の御曹司。いつか社長になって、遠い存在になってしまう。
そばにいられるこの刹那を大切に、いい思い出だけを残しておきたいから。








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