社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
 あんな立派な許嫁……

 いや、真実さん、八十島さんが好きみたいなんだが――、

 あんな立派な許嫁がいるのに、自分になど興味ないだろうし。

 そもそも、自分なんて相手にするわけないと思っていたからだった。

 もてあそばれるのは嫌だし。

 ちょうどいいからと形だけの妻になるのも嫌だ。

 千景はジリジリと後退し、将臣はジリジリと前へ出る。

「……心配するな、大丈夫だ。
 部屋に上がったって、なにもしない。

 お前の仏を見て、静かに帰る。
 お前に嫌われたいわけじゃないからな」

 千景を追い詰めながらも、そんな殊勝なことを将臣は言ってきた。
< 395 / 477 >

この作品をシェア

pagetop