社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「いいですよ。
 社長もやってみられます?」
と訊いてみたが、いや、いい、と言う。

 千景はテーブルに写仏の本を置いて、和蝋燭に火をつけると、灯りを消した。

 ゆらゆらと揺れる炎の灯りで、真剣に仏を描きはじる。

 将臣が、
「……炎が命のともしびみたいで怖いんだが。

 っていうか、密室に二人きりで。
 女の方から部屋の灯りを消し。

 キャンドルの揺らめきの中で向かい合っているというのに、なにもロマンティックな気分にならないし、いい雰囲気にもならないのが怖いんだが……」
と呟いていたようだが。

 千景は描きはじめると集中してしまうので、ただ黙々と写仏をしていた。



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