社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
……なんで俺は千景が好きなんだろうな。
千景にとって、俺なんて、どうでもいい存在みたいで。
今も俺がここにいることさえ忘れているようなのに。
黙々と写仏する千景がいきなり立ち上がった。
なんだっ? と将臣は身構えたが、千景は引き出しからお香をとり出すと、火をつけ、テーブルに置く。
また写仏をはじめた。
その一連の動作の間、千景はまったくこちらを見なかった。
置き物になった気分だ、と将臣は思っていた。
今の俺は、まるであれだ。
千景に言われてようやく存在に気づいた、ビルの最上階にいる狸の置き物。