社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
 新社長になったばかりなので。
 常にビリビリ気が張っている状態で会議室に向かっている。

 あのサイズの大きさの狸が立っていても。
 なんで、こんなところに狸の置物が……と思いもしなかった。

 この年で社長になり、自分より年上で経験値も高い人たちを従えても、全然、余裕、という顔をしていたが。

 巨大な狸にも違和感を覚えないほど余裕がなかったことに今、気がついた。

 小さい……。

 俺は小さいな。

 小さな頃から将来大物になると言われて育ってきたが。

 初めてできた気になる女にもまったく振り向いてもらえず。

 ここでは、一本のお香以下の存在。

 千景は、お香をつけ忘れたことには気づいても、俺がここにいることには気づかないようだ――。
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