社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「はい。
 楽しかったです。

 さっきおやつ食べすぎたんで。
 社内ぐるぐる回るの、いい運動になりましたしね~」

 言うだけ言うと、千景はこちらに背を向け、冊子のページをめくりはじめる。

 ……早く戻らねば。

 早蕨さんに頼まれた荷物を持って、早く戻らねばっ。

 俺はデキる男。

 ひとつの仕事にこんなに手間取るとかありえないんだがっ。

 そう思っているのだが、ずっと千景の背を見つめてしまい、動けない。

 軽く嵐山に声かけて、食事にでも誘って。
 サッと物を探して、華麗に去る。

 いつもなら、簡単にできることだろうっ。

 そう自分に言い聞かせながらも、なにもできないでいる八十島を何冊かの冊子を手にした千景が振り向いた。

 ひっ、と八十島は固まる。
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