社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「ありました~っ、役に立ちそうなのっ」
 
 千景がそう微笑みかけてくる。

 き、

 きょう……

 暇だったら、食事にでも

 そう言ったのは、心の中だけで、口からは出ていなかったようだ。

 千景はなにも言わずに、通り道を塞ぐように立っている自分を、どうしたのかな? という顔で見上げている。

 千景の切れ長の目の奥の瞳は黒く、愛らしく。

 八十島は、なにも言えずに、うっ、と黙り込んだ。

 そういえば、こいつ、かなり綺麗だったな……。

 普段はまったく意識しないんだが。

 っていうか、その言動が独特すぎて、容姿の良さがまったく頭に入ってこないんだが。

 そういえば、セントラルホールに社長がこいつを連れて現れたときも、よその重役に、顔で選んだ秘書なのかと嫌味を言われていたな、と思い出す。

 急激に心拍数が上がり、緊張してしまったが、なにか言わねば間が持たない。
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