社長っ、このタクシーは譲れませんっ!

社史が完成してしまいます

 

「長かったな、と言いたいところだが。
 思ったより短かったな」

 もうあらかた作業は終わったので、少しずつ片付けのはじまった社史編纂室を見ながら武者小路が呟いた。

「はあ。
 私なんて、四月に入社してからしか関わっていないので、ほんとうに一瞬でした」

 千景は物が少なくなってきて、寂しくなってきた半地下の部屋を見ながら、しんみりと言う。

「……恐ろしいのは、この期に及んで、まだ我々の知らない編纂室の人間がいたことよね」

 そう呟きながら、坂巻がファイルにまとめていた資料を見た。

 編纂作業が佳境に入った頃、突然、よく社食で会う若い男性社員、堀下(ほりした)が、
「坂巻さん、これ」
と綺麗にまとめられた資料を持ってきたのだ。

「ありがとうっ。
 これ、探してたのっ」

 でも、どうして、堀下くんが? と坂巻が問うと、
「どうしてって。
 だって、僕も編纂なんで」
と笑って去っていってしまった。

「……あちこちに潜んでたんですね、編纂の人。
 まるで、隠密のようですね」

 これもそろそろ片付けねば、とつかんでいた駄菓子の入った透明ポットを握りしめ、千景は呟く。


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