社長っ、このタクシーは譲れませんっ!



「お世話になりました。
 長い間、ありがとうございました」

「なに退職するみたいなこと言ってんの」

 総務のカウンターで律子にそう言われた。

 あ、おひとつどうぞ、と千景は駄菓子のポットを差し出しながら言う。

「長い間、資料を借りてたからですよ。
 ……でも、ほんとにもう、編纂室、最後なんですねえ」

 少し寂しくそう言ったが、
「いいじゃない。
 あんたはこれから、花形の秘書に行くんじゃない」
と言われる。

「はあ、でも、秘書は緊張しますね。
 私は壁新聞でも作っていたかったんですが……」

「なにかのついでにそれやるんならいいけど。
 壁新聞メインに働いて、給料もらってちゃ、幾ら社長夫人でもみんな黙ってないわよ」

 そう言いながら、律子はゴソゴソ、ポットの底の方を探っていた。

 はっ、と引っ張り出す。

「梅の飴っ。
 なんでよ、もう一回っ」
とそれを戻して、また手を突っ込んでいた。
< 453 / 477 >

この作品をシェア

pagetop