社長っ、このタクシーは譲れませんっ!
「お世話になりました。
長い間、ありがとうございました」
「なに退職するみたいなこと言ってんの」
総務のカウンターで律子にそう言われた。
あ、おひとつどうぞ、と千景は駄菓子のポットを差し出しながら言う。
「長い間、資料を借りてたからですよ。
……でも、ほんとにもう、編纂室、最後なんですねえ」
少し寂しくそう言ったが、
「いいじゃない。
あんたはこれから、花形の秘書に行くんじゃない」
と言われる。
「はあ、でも、秘書は緊張しますね。
私は壁新聞でも作っていたかったんですが……」
「なにかのついでにそれやるんならいいけど。
壁新聞メインに働いて、給料もらってちゃ、幾ら社長夫人でもみんな黙ってないわよ」
そう言いながら、律子はゴソゴソ、ポットの底の方を探っていた。
はっ、と引っ張り出す。
「梅の飴っ。
なんでよ、もう一回っ」
とそれを戻して、また手を突っ込んでいた。