たとえ、この恋が罪だとしても
 そのとき、彼がわたしの右手を掴んだ。

 驚いて彼のほうを見ると、もう片方の手をハンドルに乗せて、じっと前を見つめている。

「安西さ……ん?」
 そのまま、何も言わない。
「安西さん……」
 沈黙に耐えかねて、もう一度彼の名を呼んだ。


「くそっ! あの男の言った通りだ。おれは最低の、どうしようもない男だよ」
 彼は突然吐き捨てるようにそう言った。

 それから私の手をさらに強く握りしめた。

「きみが……文乃が欲しい」

 文乃。
 はじめて名前を呼び捨てにされて、身体の一番深いところがビクっと脈うった。

「文乃には大事な人がいるのに、きみを不実な裏切り者なんかにしたくないのに、それなのに……、このまま、別れるなんて、どうしても耐えられない。今日で、おしまいだなんて……」
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