たとえ、この恋が罪だとしても
「とにかく、一度スタジオに来て、話を聞いてほしいんだ」 

 わたしにはこの人が悪人とは思えなかった。

 でも、モデルなんてまったく考えたこともない話で、青天の霹靂(へきれき)以外の何物でもない。

「でも……」なんでわたしなんかが、と言おうとしたらその前に遮られた。

「そうだ、嘘ついてないっていう証拠にこれ渡しておくよ。おれの宝物」

 彼は左腕にはめていた時計を外すと、わたしのコートのポケットにねじ込んだ。

「そんな、困ります……」と返そうとしたけれど
「じゃ、必ず来てね。待ってるから」

 それだけ言うと、ぱっと踵を返して、すぐそばに待たせていたタクシーに乗りこんで、あっという間に走り去ってしまった。

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