たとえ、この恋が罪だとしても
 とにかく、すごい人だということがわかった。
 本来なら100パーセント出会う確率のない人。
 わたしとはまったく接点がないのだから。

 安西さんが依頼されたという雑誌も、1920年代に創刊されたファッション誌の老舗中の老舗だった。

 知れば知るほど不可能だ、という気持ちしか湧いてこない。

 当たり前だ。ただの会社員のわたしにそんな大それたことが務まるわけがない。

 だから時計を返すだけのつもりだった。
 玄関口で渡して、そのまま帰るつもりだった。

「やあ、来てくれたね。ほら、入って、入って」

 でも、待ちかねていたと言わんばかりに、玄関を勢いよく開け、あの時と同じ、人なつっこい笑顔で迎えてくれた安西さんを見たとたん、まるで催眠術にかかったように入口の敷居をまたいでしまった。

 
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