たとえ、この恋が罪だとしても
 ただの子供じみた、熱病のような片思い。

 でも、たとえ心のなかだけでも、婚約者以外の男性をこんな風に想っているのは裏切りに等しい。

 このまま連絡をしないでおこう。
 安西さんのことは予想外の出来事として心にしまっておこう。

 でも……

 なんでこんないたずらを仕掛けたのか、神様が恨めしい。

 安西瀧人……
 つい10日前まではまったくの赤の他人だったのに。

 もう一度だけ、会いたい。
 もう一度だけ、あの笑顔で迎えてほしい。

 心の奥に閉じ込めている本音が隙をみてわたしを誘惑する。
 勇気を出して、「引き受けます」と一言言えばいいじゃないの、と。

 クッションを抱えて悶々としていると、電話がかかってきた。

 えっ、もしかして、安西さんから? 
 浅はかにも反射的にそう思った。
 
 もちろん、そんなはずはなく、携帯電話に表示されていたのは俊一さんの番号だった。

『もしもし、文乃? あのさ、明日、親の家に一緒に行きたいんだけど』

「明日?」

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