たとえ、この恋が罪だとしても
 扉に手をかけたとき、すりガラスの向こうに人影が見えた。
「ああ、あやのちゃん、帰るとこ?」

 今日は会えないとあきらめていた安西さんの姿を見て、ほんのりと気持ちが明るくなる。

「雨、だいぶひどいなってきたよ。車で送ろうか?」
「大丈夫です。それに少し寄るところがあるので」
「そうか。じゃあ、来週の土曜日、頼むよ。間違っても風邪なんかひかないように」

「はい」

 寄り道をすると言ったのは嘘。
 車でふたりになったら、安西さんへの想いが溢れだしてしまいそうで怖かった。

 降りしきる雨のなか、ようやく地下鉄の入り口にたどり着いた。

 ホームに入ってから携帯電話を取り出そうとバッグを探ったが、いくら探してもない。

 そういえばさっき紗加さんに貸したまま返してもらっていなかったと気づいた。

 今日はなんだかついていない日だ。
 雨のなかを引き返すのは気が重かったが、携帯をそのままほっておくわけにもいかない。

 駅員さんに訳を話して改札を出て、ふたたび土砂降りの地上に戻っていった。



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