さあ、離婚しましょう 始めましょう
「じゃあ、これからも使ってよ。今度の家にあのソファ入らないから」
今では出世街道まっしぐらの尋人と違い、私のお給料ではそんなに高い家賃のところに住めるわけもない。
「わかった」
あっさりと了承してくれた尋人に、私は小さく頷く。
「ねえ、尋人」
「ん?」
最後に夫婦らしいことをしたい。そんなことを思う。しかし何をしろというのだ。
憎たらしいほどいつも通りで、ドアにもたれ掛かってる彼に私はただ自嘲気味な笑いが零れた。
今更〝抱きしめて”、〝キスをして”。そんなこと言えるわけがない。それを言っていたら何かが変わっていただろうか?
ずっと適度な距離でただのルームシェアだった私たち。
立ち上がって尋人に近づいて、背の高い彼を見上げた。ここでキスの一つでもしたら、忘れられる?
そんなバカなことを考えつつ、尋人の綺麗な瞳を見つめていた。
「弥生?」
不思議そうに私を見つめる瞳が何も宿していないことを知る。この人の中にはまだ佐和子がいるのだろう。
そして、今キスをしてしまったら、私はまたこの片思いをこじらすだけな気がした。